ドラマトゥルク・ノート
「劇団ティクバ+循環プロジェクト」の経緯について

中島那奈子

ダンスが出来るとはいったいどういうことで、ダンサーとはいったいどのような人なのか、そして異なった背景の他者と対話することでそれをどう変えていくことが出来るのか——そのような問いかけは、歩くことをダンス作品として初めて提示したポストモダンダンスへのオマージュとも言える冒頭の部分を始めとして、構成の色々な部分で試みられています。シンプルにコンセプトを表した2009 年の構成から比べると、神戸公演を経て、プロジェクトの構成は複雑化しています。今回のベルリン公演では、神戸で始まった新しい試みに加えて、メンバーによる即興を発展させながら、主に一対一という他者との対話を交差させ立体化していくことを試みました。その定点を持たない対話の交錯が一つの頂点に達する時、それぞれのメンバーは突如歩みを早めて走り出し、外の空間への扉が開かれていきます。ベルリン公演1日目、公演中に劇場の天窓が開いた瞬間、そこから突然の雨が舞台へと降り込んできました。3日間の公演は好評のうちに幕を閉じ、ダンスシンポジウムの参加者に加えて、劇団ティクバの他のメンバーやその家族を中心とする観客からも大きな反響がありました。芸術家による芸術作品なのか社会福祉やセラピーとしてのプロジェクトなのかという枠を超え、このプロジェクトはこれまで見落とされてきたものは何であったか、見ている人に問いかけようとしているのです。

(略)

日本におけるドラマトゥルクの役割は、ダンスの分野では、まだ認識が広まっているとは言いがたいでしょう。ただ、異なる立場のものがお互いの価値観を循環していく際には、双方の関係性の中にバランスを見定めることが重要になります。この「劇団ティクバ+循環プロジェクト」の様々なレベルで生じる関係性にバランスを見つけること、それがこのプロジェクトで私がダンス・ドラマトゥルクとして担っている大きな役割の一つだと考えています。

この「劇団ティクバ+循環プロジェクト」は、振付家やダンサー、ドラマトゥルク、デザイナーそれぞれが意見を交換しながら、同等の立場で作品を作っていけるような、新しい作り方を目指してきました。「障がい」や「健常」、「日本」や「ドイツ」、「パフォーマー」や「観客」、「劇場」や「学校」といった間の境界を越える可能性がここでは試され、そのタイトルも完結した個人の作品とするのではなく、完結しない進行中の状態を暗示する「プロジェクト」となりました。この名称にはまた、これまで日独双方で行われてきた二つの団体の歴史を繋ぎながら、日本側の「循環プロジェクト」で模索された価値の循環を促していく意味も受け継がれています。これまでのダンサーやダンス作品のあり方、そして芸術作品という考えに、この「劇団ティクバ+循環プロジェクト」は問題を投げかけながら、ダンスの新しい感じ方、新しい文脈を見つけ出すことを目指しています。

以下の文献より抜粋:
「ドラマトゥルクノート」(2012)「劇団ティクバ+循環プロジェクト」(振付演出砂連尾理)京都国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENT 2012

中島那奈子

ダンス研究者、ダンスドラマトゥルク。博士(舞踊学)。日本舞踊宗家藤間流師範。日本学術振興会特別研究員(PD)/埼玉大学、ベルリン自由大学国際パフォーマンス研究センターInterweaving Performane Culturesリサーチ・フェローを経て、各地の大学で教鞭をとりながら、2005年からダンスドラマトゥルクとして国内外で活躍する。
ニューヨークの振付家ルチアナ・アーギュラーとの作品 Exhausting Love at Danspace Project は2006/07年ニューヨーク・ベッシー賞を受賞、2017年には北米ドラマトゥルク協会から、エリオット・ヘイズ賞特別賞を受ける。ドラマトゥルクとしての活動とともに、老いと踊りの研究を並行して進め、研究と実践を組み合わせる近年のプロジェクトに「イヴォンヌ・レイナーを巡るパフォーマティヴ・エクシビジョン」(京都芸術劇場春秋座、2017)、老いた革命バレエダンサーの作品(演出・振付メンファン・ワン、2019)がある。2019/20年は、ベルリン自由大学ヴァレスカ・ゲルト記念客員教授に着任し「ダンスアーカイブボックスベルリン」をベルリン芸術アカデミーで上演。
共著に Dance Dramaturgy: Modes of Agency, Awareness and Engagement (Palgrave, 2015), 編著にThe Aging Body in Dance: A Cross-cultural Perspective (co-edit. by Gabriele Brandstetter, Routledge, 2017)、『老いと踊り』(共編外山紀久子、勁草書房、2019年)。
http://www.nanakonakajima.com

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