危険をはらむ身体:韓国の兵役とダンスの狭間の振付的ドキュメンタリー『Glory(栄光)』

キム・ジェリ

『Glory』は、韓国の兵役とダンス競技がダンサーの身体に与える影響を描く重要な作品である。韓国は世界唯一の分断国であり、厳密には依然として休戦状態に置かれている。18歳の男性全員が兵役法に基づき兵役に就く。韓国の兵役は1949年に李承男(イ・スンマン)大統領が初めて施行し、1951年には一時廃止された。70年にも渡る南北分裂と植民地支配下の時代を経た果ての切なる防衛意識により、軍事防衛は最優先され、それに対する議論の余地のない文化がもたらされた(Kwon In-Sook, 2005, p. 211)。

ところが1973年には兵役特別法が制定され、特定の芸術・スポーツの成績優秀者には兵役が免除されることになった。1983年以来、韓国の男性ダンサーにはこの特別法が適用された 1。 芸術の特殊性を考慮して施行されたものの、韓国では特定の競技の成績優秀者に限定的特権を与えるシステムとして社会問題になっている。

『Glory』の振付家クォン・リョンウン (Kwon Lyon-Eun) 2 は、この特殊な国家状況の現象に特化した組織と身体の狭間の不安定性に存在するダンスを追う。本作品の調査段階では民族学的手法が採用され、個人の経験を詳しく調べてダンス競技に参加したことのあるダンサーたちとのインタビューを実施することにより振付材料を収集した。

私はドラマトゥルクとしてこの作品に関わる中で、ダンス作品の形成に向けて「振付的ドキュメンタリー」というコンセプトを提案した。振付的ドキュメンタリーとは、経験的なデータや出来事を基盤に振付構造を構築し、パフォーマンス化することを指す。ボリス ・グロイスは芸術作品におけるドキュメンテーション(記録すること)の採用は、芸術作品の創作に向かうための行為のひとつではなく、芸術そのもの、ひいては芸術的実践そのものであると述べる(2015, p. 45)。ドキュメンテーションとは様々な文化や環境条件における芸術の探求、ならびに人生と芸術の密接性の中から形成される。

『Glory』で振付家が問うのは、抽象的または普遍的な意味合いにおける「ダンスとは何か?」ではなく、「『この』身体の『この』ダンスとは何か?」である。芸術作品の制作に焦点を当てるのではなく、ドキュメンタリー形式を用いて実際の人と経験に根差したダンスの「経験的」材料を考察する振付家の行為に意味付けをする試みである。ドキュメンタリー様式を振付作品に用いる際には、経験的データの中で見つけられた身体、エナクトメント(表現されること)、身体的思考に焦点を当て、美的な形式に発展させることが重要となる。そこで振付家はダンスとパフォーマンスのメカニズムを考慮しなければならない。振付は美学と政治の関係について考察する手段のひとつとなってきた(Hewitt, 2005, p. 3)。それは社会的抵抗をダンスという美的スタンスを保つ芸術形式に変換する批判的取り組みである。

1. 身体の制御装置

この振付の調査のためにダンス競技に参加したことのある50名の男性ダンサーのインタビューが実施され、50名のうち10名が詳細なインタビューに応じた。ダンス競技で優秀な成績を収めることで国家兵役制度から免除されることは、非常に稀でその機会は非常に限定されている。インタビューを見ると、多くの男性ダンサーはダンス界で「闘って」「名誉ある」地位を得るといった表現を用いる。しかし、兵役回避に向けて尽力するということは、別の組織体が身体に制御をかけるということに帰結する。そのような調査結果は男性ダンサーのストーリーと組み合わさってひとつの作品へと発展する。

(略)

この作品は主にダンス競技への参加経験をもつ男性ダンサーの物語をもとに作られているが、その影響は特定のグループに限定されない。成績優秀者は特権を得て若い世代に自分のダンススタイルとトレーニング法を教え、訓練を指導することによって、そのダンスは他のダンサーに模倣され、身体に伝達され、広がっていく。韓国での競争に向けた「ダンス訓練は個人レベルに留まらず、テクニック指向、階層構造、抑圧的な規律のあり方を作り出す。それは身体の支配と抑圧、そして韓国の文化と社会の構造的暴力への批判的視点にも及ぶ。

『Glory』は兵役免除の特権に関する批評のように一見、見えるかもしれないが、本作品の真髄はそこにはない。韓国では兵役に関する議論に女性が自由に参加することが許されず、本作品の振付家が女性であること自体に議論が起きた。しかし兵役はダンス界に限らず、韓国社会全体を影響する。私が批判的考察を始めるに至ったのはそのためである。軍事思想は性別に限定されず韓国の至るところに根付いており、誰もが目撃するものである。本作品は特定の身体技術訓練における身体的暴力について扱う。ジェンダーの観点から見ると、女性の方が比較的暴力に対して知覚的で敏感でもある 3

身体を機械的に動かすことを許す制度の性質は、連帯、合意、合理性を基盤とせず、特定の集団に有利に働くことも示される。

ダンス競技で2位の成績を収めた後に私は9度目の競技に向けて準備をしていた。そのタイトルは『Goodbye, My Dance(私のダンスへ、さようなら)』である。稽古の最中に法律が改正され、2位の受賞者も兵役免除の対象となることを知った。それで稽古の必要がなくなり、私はようやくダンスと離別しても良くなった 4

現代舞踊では、個々の身体が文化や社会に対する批判的存在としての機能を果たすことができる(Kunst, 2015)。ひとつの身体は、自らが属する社会から自身を切り離すことはできず、その原則は舞台上と舞台の外のダンサーの身体に適用される。『Glory』では、個々の身体の脆弱性がダンサーの身体、ダンス、教え込まれたダンス、怪我の経験を通じて露出される。同時にダンサーの身体の脆弱性は、制約的で抑圧的な組織とその背後の権威を露にする。


1 2008年の改正以降、国内ダンス競技に適用されてきた特別免除制度は、国際ダンス競技で第2位以上の成績を収める者に限定される。本改正案は、ダンスとアート界の反発を招いた。(2008年2月. 週刊京郷. 761号. 2018年5月30日取得. http://weekly.khan.co.kr/khnm

2 『Glory』はクォン・リョンウンの振付により、2016年にパリの「Théâtre de la Ville」で初演、2017年にソウル市の「Daehakro Arts Theater(大劇場)」の「Korea National Contemporary Dance Company」プログラム、2018年にパリの「Danse Élargie suite! at Théâtre des Abbesses」、ロンドンの「The Place」での「Korean Dance Festival」で上演された。

3 クォン・リョンウンへのインタビュー(2017年9月27日)より。

4 『Glory』の男性ダンサー(アン・ナムグン)の証言より抜粋。

参考文献:

  • Groys, B. (2015). Art in the age of Biopolitics: From Artwork to Art Documentation. (Soo -Hwan, Kim. Trans.). Inmunesuljapji F. [Humanity & Arts Magazine F]. 19: 44-59. Seoul: Munji Cultural Institute, Sai. (original work published 2002).
  • Kwon, I. S. (2005). Daehanmingukeun Gundaeda. [The Republic of Korea is an Army]. Paju: Cheongnyeonsa.
  • Hewitt, A. (2005). Social Choreography: Ideology as Performance in Dance and Everyday Movement. NC: Duke University Press.
  • Kunst. B. (2015, October). The Aggregated Body of the solo. Alza. Retrieved May 30, 2018, From http://www.azala.es/archivos_noticias/1445332360e162.pdf.

以下の文献より抜粋:
The excerpt from “Precarious Body: The Choreographic Documentary Glory of between Korea Military Service and Dance,” The Journal of SDDH (The Society for Dance Documentation & History), vol. 52. 2019, pp. 77-94.

翻訳:辻井美穂

キム・ジェリ

ドラマトゥルク・振付家・理論家・講師・キュレーターとして韓国で活動。ソウル大学講師。韓国で梨花女子大学舞踊学科博士課程修了(2012)。国民大学校パフォーマンスアーツ学科博士研究員(2013)。「Korea National Contemporary Dance Company(KNCDC)」ドラマトゥルク(2014‐2015年)。アン・エスン(Ahn Ae Soon)(KNCDC前芸術監督)およびナム・ファヨン(Nam Hwa Yeon)(ビジュアルアーティスト)により2019年「ヴェネツィア・ビエンナーレ」に招聘。ダンスの学者として、著書に『Reading Body and Movement』(2010年)、『Integrated Body-Movement-World』(2016)、『Expanded Choreography and performative Dramaturg』(2019)、『Feminism and Queuing Choreography in Contemporary Dance』(2021)。

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