オーストラリアの「心からのダンス」とは?

ダリア・ピグラム/レイチェル・スウェイン
マルゲク(Marrugeku)共同芸術監督

マルゲクのリサーチプロジェクト「国に耳を傾ける(Listening to Country)」の最中にマルゲクのパトロンであり、文化ドラマトゥルクであり、私の祖父でもあるパトリック・ドットソン(Patrick Dodson)が声明を発表した。それはマルゲクの振付プロセスの鍵となっている。

「アボリジニのスピリチャリティには元来、近代がもたらした複雑性はなかった。私たちは今、古さと新しさが競争する数々の現実のつなぎ目を読み解く上で必要な歌や儀式、ダンスを持たずにして複雑性の中に置かれている。私たちは土地に敬意を払い、自然や文化、人間の志との敬意のある付き合い方を学び直すために新しいナラティブ、歌、そしてダンスを見出さなければならない。」(P. Dotson 2011)

私たちは「近代がもたらした複雑性」について話し合うことがオーストラリアのダンスにとって重要だと考える。それはパトリックが言及する「自然、文化そして人間の志との敬意のある付き合い方」を実践するプロセス、コラボレーション、美学を見いだすために、私たちが踊りを学び直し、協力し合ってストーリーを語ることがいかに重要であるかを説明するためである。

パトリックは、アボリジニの人々が文化的アイデンティティ、条約交渉、先住民の権利に関する国際連合宣言の実施におよぶ全体像に常に目を向けることを忘れることなく、その上で自分たちが直面する機能不全な状態にコミュニティーとしてどう対処するか自分たちの手で決定することを提唱している。また2017年には年次「クロージング・ザ・ギャップ・レポート」の発表の際に次のように述べた。

「国連宣言の実施は、先住民が置かれる不利な立場を政府が解消し、先住民と非先住民の関係をリセットして、過去のトラウマを克服し、より調和の取れた未来を築くために手を取り合って信頼を構築するために不可欠な前提条件となる。」(Dodson, 2017)。

オーストラリアの先住民および非先住民間のギャップを解消し、関係をリセットする上で、ファーストネーション(先住民)と入植者および移民を先祖とするアーティストたちが相共にダンスに携わることで、高い脚光を浴びる形で幅広い観客に代替するナラティブ(counter narratives)を提示し、成果を出すことに貢献することができる。私たちはインターカルチュラルな(異文化間をまたがる)ダンスカンパニーで、お互いの違いを出会いの接点とすることを振付プロセスの中で重んじる。そのため、声明は私たちにとって特に意味を持つと同時に、私たちの実践が提唱する問いかけを、一般のダンスアーティストたちにも提示したいと考えている。マルゲクでは、プロジェクトで生じる問いかけが私たちを動かし、新しい作品の種となるため、その手法を手放すことはできないのである。本日、皆さんには次の問いかけをしたい。この状況を生きる私たちは相互間のギャップの狭間で、相互間の違いへの意識を保ちながら、どのように一緒に踊ることができるか。どのようにダンスを共に作ることができるか、どのようにお互いのダンスに立ち会うか。どのような舞踊形態を用いることでお互いに耳を傾け合い、自分たちが踊る土地に耳を傾けることができるか。コンテンポラリーダンスでどのようなプロセスを用いることで、地域とネーション(先住民を前提とする国)の歴史に注意を傾け、未来に向けて新しい文化的道すじを描くことができるか。またこの問いを逆から問いかければ、どのような舞踊形態がそうした歴史やそれに注意を傾けることを封じ込めてきたのか。ダンスにたいするどのようなプロセスや土壌が、私たちの提唱する出会いや交流の可能性を阻み、「心からのウルル声明」の目指す「ネーションのあり方のより完全な表現」が光輝くことに障害をもたらしているか。

レイチェル:

マルゲクの私たちのプロジェクトでは、ダンスを通じて、インターカルチュラルかつトランスインディジェナス(先住民のグローバルな枠組み)の交流を通じて、パトリック・ドッソンが提唱する「関係性のリセット」の可能性の実現に取り組んでいる。オーストラリアのダンスが踊られる土地に対して敬意と認識が欠如していることが、1969年にスタナーが提唱して名高い「オーストラリアの偉大なる沈黙(the great Australian silence)」のダンス版であると理解するようになった。この沈黙が、オーストラリアのコンテンポラリーダンスに停止状態、政治的、感情的、文化的な不活発、そして対立のない場を生み出したと言及したい。それは同時に、今日のオーストラリアのコンテンポラリーダンスの振付にネオ・プリミティヴィズムの真似事をモチーフとすることが蔓延する事態を生み出してきた。これはオーストラリアのダンス界に提唱すべき未解決の問題である。そして真実を語る作業の一面でもある。

(略)

儀式としての舞踊と責任

私たちにとって、踊りにおける主権と自分たちが踊る土地の主権を考慮することの意味は、何千年にも渡りこの土地で行われてきた豊かで活気のある儀式としての舞踊の力と存在を受け止めることから始まる。マルゲクの活動も伝承の過程の中で始まっており、グンバランヤの川辺でクンウィンジュクの踊りが交わされたことがきっかけだった。

儀式としての舞踊は当然ながら奉納するときの条件、誰が踊るかに関わる文化的権威、文化の維持に関わる機能を含めて重要な点においてコンテンポラリーダンスと大きく異なる。法の維持、文化の維持、世界における自己の感覚の維持という舞踊の果たす重要な役割とその実践が現在進行形で失われていることが、マルゲクが従事してきたコミュニティーやオーストラリア全土にまたがるマルゲクのダンサーたちの故郷において、ますます差し迫って感じられている。本日の議論は、「伝統」と「モダン」と称される舞踊実践の間に人為的な継続性を構築しようとするものでも、西洋と接触する前の文化の正統性を回顧して、コンテンポラリーダンスを偽りの何らかの正統性の枠組みの中に位置付けようとするものでもなく、伝統が生き生きと進化しながら生産する能力を理解しようとするものであり、また息付いた現代の世界のなかで〔見過ごされてきた文化を〕蘇らせるプロセスにおいて、実験がどのような役割を持つのかについて理解を深めようとするものである。

それは私たちの過去数十年の取り組みを形成してきた一大テーマであり、本日は簡単に触れる程度しかできない。私たちは儀式としての舞踊の中身、その聖なる秘められた側面について知ることができないことを認識している。西洋の学術的枠組みにおいて、知識を習得し、意味を形成することが求められることから、自分たちが知り得ないことについて書いたり話したりすることは不可能である。文化的な枠組みにおいてはまた、自分たちが知り得る立場にないことについて語るべきではない。ただマルゲクの活動スパンを通して、文化の擁護する人たちと協働しながら、私たちには詳細に知り得ない知識の存在や力があるということに余地を残し、認める方法があるということを知り得た。それは「知らない」ということを受け止め、「知らない」という体験を位置付けることでもあり、踊りを通じて他者に出会う最初の一歩であると思っている。

(略)

ダリア:

(略)

特定の文化のストーリーや概念について共に学ぶことは、多くの新しい経験をもたらしてくれる。他の人の国や文化について聞いて学んだことを自分の国や文化とつなげるとき、理解の溝を埋めることへの責任感が芽生え、それを手に取ることができる。特定の作品の共同制作に携わるとき、一人一人のアーティストが共有される情報に、それぞれ特有の視点から応答できる空間を創り上げることで、先住民と非先住民のアーティストたちの間で共同責任を持つことが可能となる。同じストーリー、正しいストーリー、完全なるストーリーを語ろうとする感覚は、公で開かれたコンテンツに関するそれぞれ異なる理解を突き詰めながらも、誰しもが平等にアクセスできるという前提にかかっている。アーティストたちは独自の想像力と創造的な応答を用いて、パトリックが述べる通り「土地に敬意を払い、自然や文化、人間の志との敬意のある付き合い方を学び直すために新しいナラティブ、歌、そしてダンスを見出す」のである。

本ウェブサイトへの寄稿:The excerpt from Dalisa Pigram and Rachael Swain, "Australia’s Dance From The Heart?" Closing keynote speech for National Dance Forum, 2019.

翻訳:辻井美穂

ダリア・ピグラム

ヤウル民族とバルディ民族の女性でオーストラリア西北部のブルームで生まれ育つ。演出家・ドラマトゥルクのレイチェル・スウェイン(Rachael Swain)と共に、マルゲクの共同芸術監督を務める。マルゲクのダンサー・振付家でもあり、全ての制作を共同考案し、海外、国内、オーストラリア辺境の地域で巡回ツアーを展開する。自身のコミュニティーではケーブルビーチ小学校のヤウル語学プログラムをコーディネートし、芸術と教育を通じてヤウルの語学と文化の継承に尽くす。共編に『Marrugeku : Telling That Story—25 years of trans-Indigenous and intercultural exchange』。

レイチェル・スウェイン博士

ニュージーランドのアオテアロア生まれの入植民アーティスト。ヤウル民族のダンサー・振付家であるダリア・ピグラム(Dalisa Pigram)と共に、マルゲクの共同芸術監督を務める。シドニーのガディガルの土地とブルームのヤウルの土地の間で活動する。インターカルチュラルかつ学際的なダンスプロジェクトの演出家・ドラマトゥルクであり、学者であり、実践に基づくパフォーマンス研究者である。マルゲクの創立以来、マルゲクの数多くの作品の創作と演出を手がけ、オールトラリアの辺境の地域から都会にかけて、また世界各地で巡回ツアーを展開。著書に『Dance in Contested Land—new intercultural dramaturgies』(Palgrave 、2020)、『Marrugeku : Telling That Story—25 years of trans-Indigenous and intercultural exchange』(共著)。

マルゲクとは

先住民と非先住民のオーストラリア人の共同により、やむことなしに変革をもたらし断固として新しいダンス言語の創出に尽くすマルゲクは、現在のオーストラリアでは類のない存在である。
https://www.marrugeku.com.au

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